cry no color



 今日は池袋の水族館に行きました。学校で英語のコミュニケーションの授業を受けたあとに。水曜日だしすいているのかなと思ってたけど、それなりに人もいました。もちろん並んだりするほど混んではいなかったけど。
 くらげがかわいくてかわいくてしかたがない。かわいいっていうかおもしろい。ごちそうさまでした。

 バイトが憂鬱だったり授業にいけなかったりしながら頑張ってる。いや、頑張りたいとは思ってる。それだけで、なんとか。うん。サークルの役職についたり学科の勉強がすこし専門的になって大変だったりするけどどうにかやっていきたいなと思う。辛いことだってたいしたことじゃなくて、ほんとうに、こんなに塞がれてしまうような感覚だって永遠じゃないんだし。って思ってないとやってられない。ですね。

 やらなきゃいけないこと、やりたいこと。バランスがだいじ。ですね。とりあえず写真を撮ろう。本を読もう。文房具を新しくしよう。そんなことで十分なんだから。いい天気の日々が続くといいな。

 Where is your favorite place ?

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 昨日のこと。春なので桜をみにいった。とはいっても、学校の近くの川沿いを恋人といっしょにあるいただけだけれど。坂道をおりていく。土、門、植物、真新しい靴や鞄、排気ガスのいりまじった風。まぎれもない春のにおいを、肺いっぱいに吸い込んでしまう。大きな通りが交差するところを抜けて、川沿いへゆく。桜はきれいだ。桜の花のひとつひとつは私のイメージするものより白く、薄かったけれども、垂れ下がる枝に咲いているその集まりはひどく華やかで、はぁっと息をのんでしまうような、いわゆる盛りだった。曇り空の下でもつよい存在感をはなつそれらは、橋を渡る人々の足をことごとくとめていく。私も例外でなく、恋人から借りたカメラのシャッターを切る。おしみなく。浅い川のよどみに、花びらがたまっていて、それも美しい。昼過ぎから夕方にちかづく。空はじっとりと重みを増していくのに、ずいぶんとけっぺきな色合い。ときおり吹くつよい風がそれを散らかしてゆく。紙ふぶきのようなピンク。手をつないでどこまでも歩いていけるような気がした。他愛のない話、「すこし寒くなったね」などと言ってすこしつよく握ってみる互いの指。
 早稲田までゆき、都電に乗る。恋人は軌道が好きだ。座っていると歩いているときより身体が近づくので、なんとなく気恥ずかしい。「さっきのところを、よく桜がみえるよ」恋人にうながされ窓の外を眺める。なるほど線路は川に沿っていて、さっきは歩いてみていた並木がどんどんながれていく。きれいだ。まだ指同士は触れている。面影橋、学習院下、都電雑司ヶ谷。東池袋四丁目で降りる。外はさっきよりも寒く、風もつよまっている。なんとなく名残惜しいような気がした。停留場から、今度は早稲田ゆきをみおくった。写真を撮ってみたけれどちっとも上手く撮れなかったので、恥ずかしくて恋人には言わなかった。また今度乗ろうねと言った。私も軌道は好きだとおもった。

 今日の雨で花はずいぶんと散ってしまった。側溝におもたく濡れた、うすく、白い花びらの数々。儚いという言葉にして、やすっぽくひびく春の宿命。つめたい靴の底、あたらしい空の色、校舎の影に胸をいためる。川のにおいがするとどうしても懐かしくなることを思い出した。まだ。
 こんな寒い春の日に、だきしめあいたいなとおもった。
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シーン1
荒川の手前に架かるトラス橋をながめている。天気はいいけれど突き刺すように寒く、やや風もつよい。見慣れた車両のふだんはよく見えないあしまわりがよく見える土手、グレーのかなあみとさびた有刺鉄線、上空から確認できる大きな文字で書かれた線路の名前。カメラのない私と最近はやりのミラーレス一眼をかまえる恋人。ランニングする人、ベビーカーをおす人、野良猫、こどもたち。外側はうるさいのに食器棚のように清潔でしずかな川の表面。首都高のいきものめいたつくりと、偶然立った茶柱のような塔の虚像。どくとくの存在感で町の雰囲気をまとめあげていく気配。水の気配。光は眩しく、それなのに恋人の影は薄く、どこまでも届かない存在であるような気がしてしまう。「また暖かくなったら」という曖昧な約束を取り付けて、階段をくだる。よく乾いた冬の空気と、ほこりっぽい熱と、秘密基地のようなむきだしの通過駅。

シーン2
駒込で待ち合わせる。ふだんは通り過ぎるだけの駅。ATMでお金をおろして、しばらく待っている。恋人がすこしだけ遅れてやってきて、壁にもたれかかりながら本を読んでいた私に声をかける。いそいで閉じて鞄にそれをしまい、おくれたことを詫びる恋人の控えめな微笑みに、微笑みで返す。手を繋いで歩道を歩く。日陰には前日に降った雪がまだ残っていて、街はひんやりとした新鮮さに包まれていた。日の光は健やかでも、なんとなく雨が降りそうな薄いグレーの空。六義園に向かう。しっとりとした庭。ここにも雪が残っていて、ひらたく、まぶしい。梅の木をみつける。花はふたつ、みっつ程度で、つぼみはたくさんついている。春がきてしまうような気がしてかなしくなる。濡れた石の階段をのぼり、小高いところへゆく。見下ろすと、庭園は趣味よく並べられた短編小説のようなおもむき。映画ではなくて、写真でもない。池は鏡のように東京の空を飲み込み、冬枯れの木々のむこうにはほどほどに高いビルが並んでいる。くすんだ青。はなしていた指でもう一度触れる。不器用に言葉をささやく。そのとき恋人はやけに素直で、小学生の男の子みたいに迷いない目をしている。

シーン3
おもったよりもつよい雨。電車からするりと降りる。閉じてしまった折り畳み傘をもう一度差すのはおっくうなので濡れながら小走りで車を探す。みつけて、乗り込む。そわそわしているのを隠すように浮かべる安っぽい笑顔。フロントガラス越しのいつもの景色は濡れている。恋人の横顔を盗み見てはまばたきをする。どこか遠くへ行くのに理由がいらないと気付いたとき、私の身体はいやというほど軽くなってしまった。たいして練っていない計画について話しながら高速道路に入る。ふたりが好きな歌を流しながら、また歌いながら、いっぱいになりそうな時間をどうにか分け合おうとする。呼んだり呼ばれたりする名前。ため息をつき、次に吸い込むのは幸福。県境を越えてしばらくしたSAで休憩をとる。車を停めて見詰め合ってキスをする。雨はまだふりつづいている。

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 試験期間がとりあえず終わり。単位きたら奇跡だろうなってレベルの答案のことはもう忘れて、いったんの自分の幸せについて考えることにする、クズです。
 そういうわけで最近はゆっくり過ごせていなかった恋人と一緒にばんごはんを食べた。ゆっくり過ごせていなかったとはいっても、毎日学校で会ってたし一緒に帰ってたし電話もしてたし、別に連絡とってなかったということではないんだけれど。
 相手のバイトが終わるのを待っていたので時間的にはすこし遅めのばんごはん。九時くらい。ふつうの和食、定食。横並びの席。あったかいごはん。ふたりともすごくお腹がへっていて、注文した料理がとどくなり会話もそっちのけでガツガツ食べはじめて、なんだかおかしかった。途中おかずをちょこっとずつ交換したところで、ぼそっと「なんか幸せだなぁ」とか言うのが聞こえた。え?って聞き返したら照れくさそうにまた笑う。かわいかったしじーんときたし好きなひととご飯たべるのって幸せだなあと私も思った。またおいしそうに食べるんですよね。いっぱいごはん食べるひとがすきだな。キレイに。
 そのあとはちかくの喫茶店ですこし話してから帰った。わざわざ上野まで行ってセミクロスシートの車両に乗った。発車するのをしばらく待って、眠たくなって、このままずーっと遠くまで行ければいいのになって思った。でも遠くまで行ったらかえってこれないので、まだ行けない。ってことも知っている。窓際の席がいい、ってわがまま言ったのに全然窓の外をみられなかった。
 すごく浅い部分でもすきだし、すごく深い部分でもすきだなあ。でもこのひとは私に合っている気がする。話が合うし冗談もいえるし少々えぐい話も何でも話せる。へんに誤解しないひとだって分かっているし、でもすべて預けっぱなしで安心できるほど器用なひとではないとも分かっている。明るくて前向きだけどそうじゃないところもあるし、みんなを助けているようで自分の影を隠しているだけだってときもある。やさしいけどやさしくみえる行為がやさしさじゃないときもある。怖がりなのも気づいている。でも非常に頭がよくて、他人も自分も俯瞰して眺められる冷静さも持っている。寄りかからせてくれるだろうけど、そんなことはしない。そればっかりにはならないように、気をつけようって素直に思う。

 最近のことといえばあと、なんだろう。でんしゃに本格的に興味がわいてきたことくらいかな。ぜったいすきにならない!って思っていたひとのことをすきになっちゃった気分。まあ、そんなのもわるくないかな。


 あ、春休み遊んでくれるひとはなんか言って。どっか行こう。ね。

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 考えすぎということはあるとおもう。だけれどそれより問題なのは考えないのがすぎること。結果的にどうにもならないことをしりながら、どうにかしようとするという行為にたいして正しく評価してあげるっていうのも大事だとおもうな。むりやり認める必要はもちろんないけれどゼロかゼロじゃないかの違いはそこにある。だからもうどうしようもないものごとに対して分かりやすい道筋をたどって処理しなきゃいけないなっていう切迫感はべつにいらない。あってもいい。けどなくてもいい。そういうくらいのテンションでないとやっていけないとおもう。やっていくべきかはおいといて。いつでもブレることのできる状態ってのは、いい。

 逃げちゃいけませんってみんなが言う理由がわかってきたとおもう最近。逃げていたらきりがなくて、同じことの繰り返しで、それは苦痛。一度の体験がその後の考えに及ぼす影響といったら計り知れなくて、それなのにいつも抱くイメージが青ざめていたら損だ。単純に心地良い方楽な方を選べばいいだけ。のりこえないうちは恐怖のほうが勝ってしまうけど、それはいつか変えてあげたいよなあ。自分が見て感じたことがすべてで、それが一生続くなんてことありえないんだから、ひたすら臆病だったころの自分を裏切るのは悪いことじゃないよ。むしろ優しくしようとしたときに、どの選択をすればいいかって、頭ではむかしからわかっていたでしょう。ようやく従うのが今だって、勘違いしてもいい。

 よく嘘をつく。わかっている嘘。わかっていない嘘も。つまり、自分でも嘘かほんとうかわからないような、あやふやな、デリケートな点についても、私はよく断言する。きっぱりと言葉で示すことが真摯で誠実な姿勢だと思ってしまうから。あいまいではっきりとしなくてどこへでも転げていってしまいそうなものは怖い。信じられない。自分の外にでていく言葉にくらい迷いなく意味をあげたい。なんて、よけいに自分を混乱させているんだろうけどさ。芯がないのに、嘘を吐くから、また崩れるものがふえる。膨らんだり折れ曲がったり欠けたり。どうしようもなく塗り重ねる。使えるものも使えないものも手にとってはつなごうとする。それが成功するときも、失敗するときもあるけれど、だいたい見えなくなっていることには変わりない。

 これでもかというくらいの盲目にはもう一生なれない。人のことも自分のことも同じように信じられない。裏切るなんて言葉をつかうと白々しくて笑えてくるけれど、ほんとうに「裏切る」「裏切られる」ことを前提に動くようになった。一瞬は幸せで満たされる。でもそんな永遠なんて永遠に訪れなくて、誰が相手でも、絶対に終わることだって知ってる。それでもいいと開き直って一瞬を大切にすればいいわけだけれど、それが難しいのは私がまだまだ子どもだからか。それともみんなそうなんだろうか。まあ、程度の差こそあれ、手に入らない・手に入れ難いものばかりほしがるのはきっと同じかな。
 ずーっと続けばいいと思うんだ。好きって最低の気持ちが。果てしなく胸を傷め続ける最低のこの気持ちが。性欲だろうか。淋しさだろうか。指と指を触りながら歩くことの気持ち悪さ。触れ合うことになんの疑問ももたない関係。ある種の契約。敷かれたレールがあるかのように、ごく自然にすすんでいくことのこわさ。もうなにも考えられないくらい。楽しむ余裕なんかもうない。笑ってやりたくなるほど頭がはっきりしている。好きなのはどうすればいいんだろう。これが好きってことなんだろうか、まだ考えてしまう。好きになってくれるひとが好きなんだろうか。好きにさせてくれるひとが好きなんだろうか。好きなひとは好き。誰かの心がほしいんだろうか。誰かに心をあげたいんだろうか。何かの免罪符にしたいのかな。私に価値を見出してほしいのかな。押し付けがましく注ぐだけ注いで、やさしい言葉をかけてもらいたいのか。好きで好きで仕方がないな。もうどこにも行けそうだな。失ったらまた探すから、すべては偶然の上だけれど。
 いつまで目隠しをしていられる?他人に好きと言ったり好きと言われたりしなくても、自分を助けてあげる方法をしりたい。それをしった上で、だれかに好きと言いたい。
 やっぱりどこまでも稚拙。

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あけましておめでとうございます。
いつのまにか2012年になっていました。年が明ける前に1年をふりかえりたかったんだけど忙しくてそうもいかなかった。ので、それはまあいいや。最近のことだけ書いておく。とはいっても特にはないか。忘年会とかで人と会って話して楽しい機会が多かったな。そんなかんじ。年を越す瞬間はバイト先で迎えたけれど平穏でそれもいいかなってね。おもいました。

昨日はゆっくりして、今日は初詣にいきました。サークルの人と。
佐野厄除け大師に行ったのだけど色々遠回りして東武、秩父鉄道、JR、東武、で池袋で解散という行程。やはり佐野はそこそこに込んでいました。日のあたる参道にひとびとが騒がしく、でも冷たい冬の空気はきびしくて、屋台のにおいもした。なんだか懐かしいような、また廻ってしまったんだとにわかに絶望するような。とりあえずなんてことのないことをお祈りしてきた。
佐野ラーメンをたべた。
電車に乗った。気動車にも乗った。
池袋にかえってきて、みなさんは一緒にごはんを食べにいくようだったけど、私は恋人と会うことになっていたのでそこで離脱。
恋人は元気がなさそうだった。いや、元気がなかった。ちょっといろいろあったらしく、大変なんだけど、私にはどうすることもできないのではがゆいなあと思った。デリケートな問題だし変に気を遣ってもいけないし、なんだかなあ。こういうときに絶対的にたりないのは経験値だなあと感じた。おいしいご飯を食べた。健やかな味のする。手を繋いでいつもの駅で別れた。あしたも会う約束をした。

ここで私は考えるんだよ。もうなにもいらないなんて嘘だなって。満たされているなんて幻想だって。負けたくないんだって。でもいいなっていう気もする。もういいなって。そろそろだめなんじゃないかなって。もちろんどうにもならないから、考えたってしかたがないんだけど、そういうことじゃなくて。現実的に困ることもある。

切り替えるってのは大事。
せっかくの区切りを無駄にしないようにしたいな。
私も私のまわりのひとも、笑顔のたえない日々になりますように。と、心から思う。でも身体は動かない。しょうがない。黙るしかない。
いずれいてもたってもいられないで足を踏み出してしまうんだろうな。今は余裕のない気持ちで焦っていればいいだろうか。悩める。18の冬です、まだ。

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足りないとおもう。


クリスマスってなんだかな。街中がキラキラしだしてみんな浮き足立って変な気分だった。乗っかっていたし、まぎれこめていたと思うけれど。
24日のことを書く。昼過ぎに駅で待ち合わせて、私のうまれた場所の近くへ行って、なんてことのない雑貨屋だとか本屋を眺めたあと、また駅に行った。ずっと乗りたかった電車に乗った。いつも見ているだけの赤いラインの入った車両。顔がへんに現代的でくすっとした。街中をぐーんと進んで橋をいくつか越えて終着。時速126kmの夢。そのまま引き返して日が暮れた。地下のライトも非日常だった。
都心に戻ってきてもまた電車。JRでも京葉線なんてふだん乗らないし新鮮。千葉のポートタワーまで行って夜景を見た。飾り物のような都市の姿に、おおげさでなく胸が震えたとおもう。好きなひとと、恋人と視ているからという理由で感動したわけではなくて、血や肉をおもうように、延々と続いてきたひとびとの命の流れをおもった。生きていると。くだらないけれど、ビルも家も車のライトも工場の明かりも、じーっと東京湾を眺めているクレーンのかたちも、なんだかとても小さくて、生きているなあと。あっとうされてしまった。平坦だったこの場所に折り重なり降り積もってきたものについて。こっそりと息をしながら幻のようだなあと、感じた。もちろんとなりにいるひとのことも考えたよ。だまってついていくだけの私だからひたすらにリアクションはオーバーでね。ずーっと、どく、どくん、っていうのが手のひらから脈々とひびくのがわかって、それはそれで神秘的でした。すべて絡み合っていて自分たちも部品なのに。こわいな。こわいし、奇跡的だとおもうし、そして、とてもとても幸福だとも。なにか大きなものに包まれながら些細なよろこびに頬が緩むこと。わすれられないだろうな。私の表情をたしかめると恥ずかしそうに笑った。全然きれいじゃない指先ですこし触れた。ここでもう、だめだった。もうだめなんだ。わすれられない。

ご飯はてきとうに食べた。
プレゼントはなにより手紙が嬉しかった。ほんとうに好きだなあとおもった。他人の温度のあたたかさが痛いように肌になじんで、このひとなしじゃだめだとおもった。もちろん、そんなことはないんだろう。このひとがいなくたって私は誰かを好きになって、触れればいちいち泣きながら必然だとか言い出すだろう。でも、そういう冷静でまっとうなことよりも、ただただ好きだからそれでいいんだとおもう。ほんとうにほんとうに好き。自分の心のかるさはいやになるけれどそれでも、それでもと繰り返してしまう。

25日の今日もまた会った。なにもしてない。お昼ごはんを食べて古本屋をうろうろしてコーヒーを飲んで帰った。すこし触れ合ってもどかしいまま。さっき電話もした。いっぱいにあふれそうな気持ちをどうにかやりこめるために。どうにもできないこともまた、知っているけれどね。救いなんかなくてね。苦いばっかりなのにね。


あしたも会えるし、約束してるし、たとえしてなくたって、電車に乗って会いにいける。死にたくなるくらい満たされているような気がするのに、一生かけても満たされないんだろうなって絶望がある。それでも、一瞬でも足りていると錯覚したい。言葉も身体もぴったりくっつけてうんざりするほど。

ああだめだ狂ってる。

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那須に行った。車で。一泊して、今日は福島の小名浜まで行って帰ってきました。電車に乗りたかったけどドライブはそれはそれで楽しい。

那須は夕方ごろについたからたいしてなにもしていない。泊まったペンションの従業員がまるで親戚のような顔をしていて、そういうの苦手だなっておもった。ふるい漫画の数々と効きすぎているくらいの暖房。しらないひとのつれている子どもの騒がしさとか、遠い日の記憶をほんのりつれてくるみたいで、気持ち悪かった。

小名浜は、海がきれいだった。風がつよくて身体がゆれて波が彫刻みたいで凛々しくて怖かった。砂浜は粘土みたいにずっしりと濡れていた。風がさらってく砂の細かいのが髪や口や靴の中にはいりこんで煩わしかったけど、すがすがしかった。冷たいのね、潮風。なんにもなくて寒くて指先だけ海水にふれてみて、ああ凍る、とおもった。いわきナンバーの車とすれちがって、ここはどこなんだろう、ってふしぎにおもった。日本のどこかで、日本がひろくて、私はなんだかしょぼかった。タイツがやぶけていてちょっと憂鬱になった。

常磐道で東京へ戻る。看板に見慣れた地名がふえてくと高揚がすーっと消えてしまうなんて、つまらないなー。なんて。池袋で新しい「彼氏」とお茶をしてから帰った(「恋人」というのはまだ恥ずかしいという感じがする)。短い旅の終わりでもすこしものがなしい。今週末にでかけるからそれを楽しみにしている。今度は銚子。元恋人と行った日のこと思い出した。懐かしくて大事だけど、あの頃の自分はまるで他人みたいだ。そんなもんか。時間って流れてるしね。


自分についてたくさん考えてる。自分自身について。自分が自分に何を求めているか。他人に何を期待しているか。恋愛の下手さについて。友情の不確かさについて。中学生みたいに物思いに耽って、世界中で一番不幸だって顔もできる気がしちゃうなんて。若いな私。でもわかってるよ。わかってないことも、わかっていることも、おなじように。

音楽を聴いている。懐かしかったり新しかったり、そして身体が喜んでくれる。好きなものを好きでいられるってのは、ほんとうにステキなことですね。


おわり。今日のところは。ぱっとしていたい。明るく。

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久々に。

もう12月。寒いし指先は冷えるし骨がぎゅーっとなるし、そういうのって懐かしい感じだよなあ、とても。


とりあえず最近は遊んでばっかり。ひとりでいるのが耐えられない。うすっぺらい笑顔をふりまいて皆さんにかまってもらっているよ。自分がつまらない人間だっていう自覚なんてなくていいのに、それこそモニュメントみたいになってきちゃった。ふわふわのすかすか。バカっぽいふりをするのはバカだから。それに加えて相変わらず恋愛体質(笑)なせいでやや面倒なこともある。ただ、好きになったひとに好きと言われたり、とくべつには思えないひとに好きと言われたりして、わかった。私も、誰でもいいわけじゃないっぽいよ。よかったね。

忘れたい誰かと忘れてほしい誰かと大好きな誰か。せまい場所でちょっとかきまわしちゃったな。もう。こんなのしても自分の価値の証明にはならないってわかってるんだけど、気をひくような行動しては反応うかがって楽しんでいるっていう部分は正直あるね。しょーもない。

他人なんかいなくても自分を肯定してあげられるようになりたい。
だからお勉強、そうですね。
今日はおやすみ。あしたは授業のあとに那須高原へゆくよ。一泊。たのしみです。

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