cry no color

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好きな季節はと聞かれたら冬と答える。どの季節のことも同様に好きだけど。

冬はなんとなく柔らかくて透明だ。柔らかさ、というのは、透き通っているというよりはむしろ濁りに通じる気がするのに、不思議だと思う。

 

きのう、クラスメイトだった人たちと集まった。

ひさびさに会った友達たちは知らない人みたいだった。お酒を飲むと楽しくなるから私はまあまあ良く喋り、みんなに「元気そうで安心した」などと言われた。制服を着て学校に通っていた頃の私は、恥ずかしいくらいに鬱屈している女の子だったと思う。少し大人になった今は、自分に必要なものとそうではないもののことが分かり始めている。

幸せについての話。みんな当たり前に誰かと恋をして約束をして子供を持つというストーリーに乗っていて、すごいな、こわくないのかな、と思った。疑いようもない正解なのかな、偶然に拾い上げた鍵なのかな。どちらでも、穏やかな日々でありますように。自分の話はうまくできなくて、いつも決めることから逃げているのは昔と変わらない。当たり障りなく通り過ぎていく毎日に、磨き上げたいと思うほどの愛着はないけど、そんなに遠いところにはまだ行きたくないなとは思っている。

愛についての話。私の愛は私に。

 

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遊びにも勉強にも熱心になれないところは自分の悪いところだと思う。でも何よりも悪いのはそうやって断言してしまうことで遊びからも勉強からも自分自身を遠ざけていること。友達がほしい(別にほしくないけどいたほうがよさそう)と言って友達ができないのと同じ。くだらないと思っているわけではないし憧れるし欲しいのになぜか認められないのはかわいそうな気もする。草臥れるほど熱心に楽しくなれるかどうか、その可能性を頭で吟味してしまうからなかったことになる。 自分の内面についてメタ的にとらえることが良い働きになったことはあまりない。実質的に良い、という意味で。私はしばしば心の底から、ということに執着したい気分になるのだけれど、もしかしてそれが邪魔になっているのか。とにかく無心になれないことを意識したらいよいよ無心にはなれない。 心がじんわりと温まるような安心感や、人を好きだと思うことによる幸福というのを、最近は味わっていないように思える。さみしい、と言いたいところだけど、ほんとうのところ、つまらない、という表現のほうがより適切な気がする。いつも濡れていたいのに、乾いている、風がふいたら吹き飛んでしまいそうなことを不安にすら思わない、いつも濡れていたいのに、というのはすでに学習された呪文で、私は当然そうあるべきだという知識に基づいて、祈っている。願っている。 物足りなくあるべきだと信じることと、物足りないという事態そのものの違いは、途方もない。
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少し前だったらぜったいに食べたいと思わなかったものを食べたいと思って食べたりしている。好みが変わったのではなくて、広がったのだと思う、それはとても喜ばしいことだなあと思う。いろんなお店のいろんな看板を、たたずまいを横目にうるさい道を歩いて、歩いて、最後に住宅街につく。

暮らしについて考える。
お金がないと思う。ずっと怠惰で、最小限の力で最大限の恩恵を受けられるように頭を動かしたりすることすらできないほど怠惰なので、どうしようもない。考えないということは、怠惰ですらいられないことなのだと、学校の先生とかがもっと早く教えてくれればよかったのに。
食べることは生きることらしい。野菜を、肉を、酒を、水を、噛みしめたり飲み込んだりしながら、それは必要なことだからと、できるだけ幸福に近い味を楽しみながら、これは必要なことだからと思えるのは、とてもラッキーなことな気がする。
こじんまりとした店に行った。半地下の窓から信号が見えるソファーの席。ひんやりとしたガラスケースの中に、惣菜や、デザートの皿が並んでいる。きれいとは言い難いけれど、誰かが好きなものだけを選んだんだろうなっていうインテリアで、それは心地よさそのもの。
将来のことを思い浮かべると、うんざりする。好きな人と愛し合って一緒に暮らして、おいしいものだけを食べて、満足しながら皿を洗って、すっきりとした気持ちで眠り、朝起きたら植物に水をやって、洗濯をする。退屈でもいい、私の毎日は。だけどそんな簡単そうなことは手に入るのかどうかよくわからない。

若いままでいられるなら悩まないことが今の悩みのすべてで、でも、年をとってからのほうが楽しいよと言ういろんな人の言葉を私は信じている。
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思い出したようにキーを打ったりしない。やはり当然のように忘れっぱなしの言葉たちは振り向いたりしない。手に入れることよりも手放さないことに執着するくだらない自意識のもとで毎日をやりすごして、たまに誰かに会いにいく。いつもあなたに会いに。

少しだけ涼しくなって、雨が降る。永遠に続くように思われた、熱源を抱いているような体の不自由さ、それから解放されていつまでも布団をかぶっていても平気な、肌の温度。洗濯物がかわかなそうで機嫌を悪くする。約束も用事もないからただ眠るだけのこんな日を、特別な気がしてしまうのは、とても意外。


なにかを食べたいとか、どこかに行きたいとか、欲のままに時間を使えることは尊いと思う。制限は結局、お金くらいしかなくて、時間はいくらでも手に入ると思う。だからどうとでもなんとでもできるような勘違いをしていて、それはそれで楽しいかなって思う。思う。思っている。


八月一日

中華料理を食べたあと、京急電車とバスに乗って、人口の砂浜へ行き飛行機を見る。潮風が長い髪に絡みついて、汗とまじって、べたべたとする。恋人も私もたいしたカメラを持っていないけど、薄暗くなるまでなんとなく過ごせたのだ。空港へ導く光の坂、船がたまに行き来する海の上。この期に及んで足を汚したくないとか思っていたこと、なんとなく笑えるかもしれない。


八月十八日

地下鉄に乗って国会図書館へ行った。荷物を最小限にして薄いビニルの袋に詰める。空調のあまり効いていない食堂で生姜焼き定食を食べて、釣り下がっているテレビをなんとなく見て、調べ物をした。

すこし散歩をした。猫じゃらしを私は好きで、道端に生えているそれをむしって、遊んだ。道が広くてハイヤーが行き交う。小学生のとき国会議事堂を見学したけど、絨毯の柄以外あまりなにも見ていなかった、という話をする。

また地下鉄の駅について、銀座線に乗って浅草へ行った。大吉の恋人と吉の私は、まあまあなかなか。スカイツリーのところまでずっと歩いてソラマチで夕飯を食べた。


八月二十二日

花火大会へ行った。久々に浴衣をきたらかなり時間がかかってしまって、しかもなんだか帯が不格好なままで家を出る羽目になった。しかたがなくて自分のせいだけど。恋人は乗り換える駅のホームで待っていてくれて、私を見つけるとにこにこした。降り階段が少し怖い、はきなれない下駄がからんと鳴る。

高校生の時に何度か訪れた駅は、混んでいたけど、外へ出てしまうと広々としていた。建物はそんなに高くないから土手まで歩くのがすがすがしかった。懐かしく広い空。いつのまにか暗くなって、狭いレジャーシートを敷くと、なんだかとってもどきどきとした。枝豆と焼きそばとマックのポテトとたこやきとじゃがびーとビールとチューハイ。

恋人が寝転がるのがうらやましかったけど、浴衣だからできないね、と言われた。こうすればできるよ、といって、私は帯の結び目をくるっとおなかのほうに持ってきて、寝転がって笑った。


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カメラがほしいと思っているのは久しぶりのことだなあ。
最近は休みの日に、近場だけど出かけたりしていて、天気が良いので、とっても写真が撮りたいのです。

それにしても、デジタルで撮るのとフィルムで撮るのとでは作業が違うのだなとあらためて思う。モノクロで撮って印画紙にプリントする、ということをやっていると、シャッターを切る瞬間そのものと同等以上には、じっさいに形にする段階に力を入れることになる。暗室にこもってああでもないこうでもないと試行錯誤しながら露光する秒数を決めていく、という、それはどちらかというと自分と向き合う作業であったりもする。より恣意的な表現をしようとしているわけでもないけど、結果的にそうなってしまう。もちろんそれが面白みであることは言うまでもないとして。
外に出かけてカメラをかまえて気の向くままにシャッターをきる、というのは、楽しい。暗室での作業が世界を自分に近づける行為だとするならば、写真をまさに撮っているそのことは自分を世界に近づける行為だと言ってみてもいいかもしれない。

5月というのは清々しい季節だ。
ちなみにゴールデンウィークとかはない感じの社会人になりました。仕事は大変でも楽でもなくて、考えることはない。きっとそのうち受け入れて慣れていくという点だけにわずかな期待をしている。選べなかったことについて考えるのをやめるとき、私はいつのまにか大人になっているのだなあと別に感慨深くもなく知った気もするし。
はやく着きたい未来のためにお金を手に入れることが嬉しい。それだけでいいやっていう感じもする。
ほんとうに私は世間知らずだなあと思ってげんなりするんだけど、最近気づいたことがある。計画を立てるのは大事ってこと。心に余裕がないと計画とかは立てられないってこと。今まで捨ててきた時間と浪費してきた時間は今の私が私でいるためにはとても大切なものだったんだけど、それでもなんとなくもったいなかったなあっていう気がする。ほんとうの意味で欲しい未来なんて私にはなかったんだから仕方がなかったけどね。
私が元気にやっているのは恋人のおかげです。どう考えても恋人はたいへん可愛く、かっこよく、すてきである。どうやったら一緒にいられるのかを考えて、今はとりあえずお金をためておきましょうってことになった。どうなってしまうかなんてつまらないことで、どうしたいかっていうそれを行動できたらいいでしょう、とっても。

世界はなにも教えてくれない。楽しいことは些細なことで、夢みることすら尊いことだ。
 
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11日に、22歳の誕生日を迎えた。年をとっていくことは知識としては知っていてもその日に突然老いるわけじゃなくて私は絶対的な時間というものを知らない。あどけなくみっともない10代の自分が、人をいらいらさせるような表情で今の私を見るから、もうこっちに来ないでねって思うだけで。それは非常に相対的で、あるいはしるしを要さないもの。


誕生日は恋人と過ごして、おいしいものを食べた。
キャベツと海老のスープ。うすきみどりのスープに桜色。しゃきしゃきとした触感が残っている、まだ若い味。春だなあとか思っていた。私はぼうっと恋人の顔を眺めてニコニコしている。前菜は鯖。フランボワーズのパウダーがささやかに香る。パスタにも桜海老が散っている。オリーブオイルとにんにくの味。桜海老とどうしても目が合う、どうしたらいい?と聞いたら、食べちゃえばいいよ、とか言われた。食べちゃいました。乾杯から飲んでいたスパークリングワインは山梨のもので、ドライ、きりっと酸味がある感じ。よく進んで、たぶんボトルの三分の二は私がいただいてしまったと思う。肉料理は豚。たくさんの山菜が添えられていておいしい。好物のアスパラも、ちょうどよい焼き加減で申し分なくおいしい。バゲットのおかわりはいかがですか、と言われたので一切れだけもらってはんぶんこにした。デザートにはバジルのアイスとメレンゲがよく冷えて瓶のなかに入ってるのがでてきた。とても甘い。
ところで、運ばれてくる料理はどれもシンプルな白い皿に盛られていたのだけど、恋人はそれをとても喜んでいた。すてきだね、としきりに言っていた。そんなあなたがすてきだよねと私は思いながらたくさんお酒を飲んでふわふわしていた。よい時間でした。

部屋に戻ってまったりして、ちょうど窓から見下ろせるバスの営業所にバスがいっぱい戻ってくるのを楽しく見ていた。プレゼントにはチタンのお高いグラスをもらった。私の生活には似合わないすてきな品物。それと、ホワイトデーということでお茶をもらった。青茶。
このまま時間が終わらなければいいとか月並みなことを思ったり、いつまでもしまっておきたいからはやく思い出になってほしいとか思ったりする。幸せというのに慣れていない自分はときどきかわいくないだろうな。まあいいけど。

目黒から東京タワーまでずっと歩いてるんるん。いつまでも続きますように、とか、神様なんかいるかしらないけどいるなら聞いててその通りにしてくれよ。と思った。




 

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自分が自分だってわからなくなるくらいどろどろになって温度上がりっぱなしになったら楽しそうだなって思う。私の身体が消えるなんてことまぁないのだろうけど溶けたあとのアイスみたいにどうしようもなくなるくらいだったら。それくらいだったら。

時間が過ぎてしまったことに驚いてなんていられないくらい、懐かしいものはことごとく遠い。つまらなく悩んでいたころのたくさんの時間は、つまらなく悩むためだけに用意されていて、私は正しくそれを使い尽くして次の場所まできた。いつまでも話していたいとか触っていたいとか、見ていたい、とか、そういう。

通り沿いの銀杏並木は美しかった。秋から冬にかけての、濁りない空の色。たいくつそうな守衛もときどきじーっと木を見ている。横断歩道が青になる。バスやタクシーがいくらでも過ぎて、見飽きることのないおだやかな一日。ひとりで写真を撮っていると、いつもどきどきする。景色は止まらないし、世界はちょっとだけでもまわる。そのことに。
身体のやわらかい部分からだんだん透き通って、凍っていく。
恋人よりもずっと背が低いこと、ときどきつまらないなぁと思う。こどもみたいに黒い髪をぎゅっと腕に抱いて、私がこのひとの大切なものを守れるくらいに強かったらいいのになぁと思う。私の大切なものを守れるくらいには強かったら。

どんなに近づいたって私は私だってわかる。いつも頭は冴えている。
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短い旅をふたつ。

 
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なんとなく楽しい日となんとなく楽しくない日が続いていて、うんざりしてしまう。今日は雨が降っているから、ご飯を食べていないから、誰とも話していないから、つまらない、とか、そういうふうに考えてもきっといい。お昼まで寝ていたことを後悔しているだろうか。イヤフォンを忘れてきたことを後悔しているだろうか。図書館では音楽を流すことはとうぜん許されていないから、私の頭の中にくすぶる旋律だけが私を癒すことになる。もしそれを望むのであれば、そうできないこともない、という程度の話だから、たぶん私にとって今それは必要なことだとは思えないけど。

書かなきゃいけないことを、考えていたことは、たくさんあると思っていたのに思ったよりなにも書き進まなくて、つまらない。つまらないというより、がっかりしていて、さみしい、というほうが適切な気がする。私がぬるま湯の中でさんざん吐き捨ててきた見違えるような言葉たちを今はもう持っていなくて私は無意識を意識しながら指先がものがたりを紡ぐのを待っている。ものがたりなどどこにあったか。
たしかに輝いて見えたものが今はこれでもかというくらい醜悪なにおいをはなっている。会いたくなかった人たちに私は会って、自分のことを話すだけの勇気を手にすることができずに、黙っていた。黙って本を読んでいた。悔しい思いをばかにされることがわかるから、興味がないってふりをした。

胸の奥がつまるようで息苦しい。よく考えなくたって私は息苦しい。会いたい人たちに私は会っても、ふてくされた顔をした私に誰もやさしくしなくて、それは合っていた。正解だった。それしかなかっただろうきっと。今ここに何も持っていない自分が、どうして誰かから何かをもらえると思っただろう。

おなかがすいている。おいしいものはそこらじゅうにあることも知っている。知っているのに食べたくないのはどうしてだろう。このまま、欠落。欠落しているという感覚がするのに、ここを埋めてしまってもなにもおこらなかったらどうしようもないから、私はひもじく腹をすかせているしかない。だれも満たさなくて、その方法を知っているとも思えない。
ここはあたたかい。
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知っている花の名前はとても少ない。さるすべり、のうぜんかずら、おしろいばな。思い出して口にすると、今まですっかり忘れてしまっていたことをあやまりたくなってしまう。 なんてんの実が木々のかさなりあう上の方にかたまって生っているのをみつけて、騒ぐ。
知らないまちで知らない道を歩きながら、懐かしい音色の音楽が近づいたり遠ざかったりするのを楽しんで、帰りつくところがここであればとかすかに願った。坂道をくだり、ひとびとの生活のにおいを嗅ぐ。おいしそうだね。よく乾いたシャツが風にたなびくと、私のあたまのかたすみに昨日みた曇り時々雨の予報がちらついて、おかしかった。

外ればかりの毎日なのに、スパイシーな現実がふいにやってきて、心も体も癒してしまいます、それはやはりとっても疲れること。

 
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