cry no color

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一人でしか行けない場所と、二人でしか行けない場所と、なにが違うのかはわからないけどそういうのはある。平凡すぎる出会いが、私に休息を教える。安らぎを覚えて、いつでもここに帰ろうと、うたがいようもなく思っている。数えるほどの季節を重ねてきっとこれからもそうだと信じている。私が一人で会う景色は、あなたには分からないだろう。美しいと感じることも、すべて投げ出して飛び込みたい他人の腕の中も、あなたには分からない。それなのにたぶん、私は頭も心も体も、ずっとそこに置いておいてもいいんだと感じている。肌や匂いが馴染んでしまった。かけがえのない、またひとつ夏。

恋人を待つ間、携帯電話の電源も切れて、旅先のはじめてのベッドに横たわりながら本を読んでいた。異国の食事について、ハーブについて、その味について。香りのうれしさ。窓枠から滲み出すように、西日は頁を照らしている。いつの間にか夜になって、裸足のつめたさ。孤独の気分にはなれない。あなたを待っているから。あなたは愛車と、くたくたの体でやってくる。

またひとつ夏。はじまりはどこだったろうね。春かもわからない。秋なのかも。狭い暗室の中で。見えなくてもよかったんだ。ファインダーをのぞいても別々のものを見てる。わかりあえないことがいくらでもあるけど、それでもそこにいてほしいと、たぶんわがままなんだろう。

なんの罪もない。一人でどこへでも行くよ。

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長い日照りの後に、降る雨。それを望んでいたことを忘れてしまうような雨の音の中に、体中が沈んでいく。もちろん、暗やみだ。言葉は選べるけど、心は選べない。痛みも快楽も選べないから、ときどき途方に暮れてしまう。ひとりぼっちだ。

 

頭の上から爪の先まで、しっとりと甘く、湿度に富んだ、夢の日。人のからだの匂いをすきだなんて、野蛮だと思って可笑しくなる。頼んでもないのにはがされて、めくられて、押されたところから融けていく。花から果実に変わりゆくすがたを心行くまで味わう。やりかたを知っている気がした。わかりあえるはずもなく出会った肉体なのに、孤独なんて思いもよらない。ずっと待っていた、と、馬鹿馬鹿しくささやいて、笑って。なぜなら夢の中だから。と、いっぱいになりながら思っていた。

 

ひとりぼっちだ。はじめから今までずっとそうだ。駅に着いたら降っていた雨に、濡れることもできる。光が滲んでいる。信号の光、ヘッドライトの光、いくつもを数えて過ぎていく。あなたの街までは、100キロもあるこの場所で、考えている。ひとりぼっちだ。痛みも快楽も選べない。選べないこのときに、ただそこにあるということを思っている。あなたも夢を見ていたそのときに、私が手渡せなかった心を、ただ思い出している。それも懐かしく、思いがけず微笑んでしまいそうな、温かさに触れながら、ただ思い出している。

忘れてしまいそうな気がする。

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香辛料の匂い、日焼け止めの匂い、草の匂い、港のコンクリートの匂い、畳の匂い、レモンの匂い。

猫の匂い、手ざわり。風が吹くと笑いたくなってしまう。

 

記憶について。素肌に泥が触れる感覚、爪の中まで汚れきったのを落とす洗面台の妙なあかるさ。あっという間に夜になった帰り道とは別の世界みたいな。背の高い草をかき分けて秘密の場所で遊んだ。枇杷の木に登り、ふとももにはりついている毛虫に声もなく驚いて汗をかく。

音楽の話ではなく、仕事の話でもなく、ご飯の話でもなかった。なんの話をしていたの?聞いたら教えてくれるだろうか。会えるだろうか、いやもう会えない。あの子はもういない、もういないあの子は、私になってしまった。

 

冷蔵庫から出したばかりの缶ビールで、にのうでの虫刺されをちょっと冷やす。なにごともない毎日を愛している。歩けるし、走れる、電車に乗れるしバスにも乗れる。新幹線や飛行機だって、船だって、ひとりで乗って運ばれる。未来のことは、考えなくもないけど、とりあえずはここに立っていてすばらしいみたい。なによりだよね、って教えてあげる。

 

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地下鉄の駅で私を待っている人。いつも手ぶらで、子供のような目をしている人。夜にしか会わない人。できれば会いたくなくて、目を合わせたくなくて、できれば会いたくて、できればいつまでも見ていたい人。笑う人。

あなたのいない日は晴れだ。初夏の匂いの中で歩き続けると、ふしぎとどこにもあなたはいない。冷えた炭酸水が甘くのどを過ぎて、日焼け止めはぬるい。緑を抜けて海と船を見下ろす坂道に、風がふいて気分がよくなっても、あなたはいない。あるのは時間と季節だけ。頭がからっぽになるまで汗をかきつづけて、熱と氷のあいだに、身体をつれていく。

おもたさが心地良い。

 

何度も呼んだというわけではなかった。どんなふうに声にしていいかわからない名前を、頭のなかで唱えただけだ。自分のものになるまで時間が要りそうだと、まだ思う。こんなに見つめあって言葉を交わしあっているような気がしているのに。自分のものにしようなんて、思ってはいけないか。それでも魔法にかかったばかりの二人は、無敵かもしれない。まちがったことをするだろう。いくらでもするだろうな。魔法がとける日を待っている。

外せない指輪。すねた子供は頬杖をついて、私をじっと見る。恥ずかしげもなく愛の言葉を言う。みっともなさも愛しく思って、その一瞬を宝物にすればいい。傷の場所と数の話。私はかたちのない気持ちを、身体のどこかに宿すつもりでいる。知らない人の知らない思い出を、すっかり忘れてしまう前に。きっと飽きてページを閉じたとき、今よりは涼しい夜だろうね。

 

ひとりでただ歩いている、その時間は絵のように、記憶の底から浮かんでくる。考えごとはしない。誰の歌も歌わない。アスファルトは照らされて白い。眩しく広い空がどこまでも続いていく、ように、見える。海の匂いもする。場違いな海辺までひたすらに歩く。水が見えるまでただ歩く。

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ときどき遠くに行かなくちゃと思う。ときどき遠くに行かなくちゃ、誰も私を知らない場所に。知らない町の知らない空気を吸う。地形のことに思いをはせる。コーヒーの匂いはどこでも同じ。たとえば自転車に乗って、べつに美しいものを探すわけでもないんだけど。ここではないどこかは、私の居場所ではなくて、だからときどきそこに立っていたい。

 

繰り返しているというのはほんの気のせいだった。つまり積み重なっているというのもほんの気のせいだ。足元から溶けている。嘘は得意で、ほんとうも得意。楽しいことがしたいな。たいしたことではない。同じ本を読んで、目を合わせて話をして、私の好きな音楽について、あの人は知る。新しいものを手に入れたように私は気分がよくなる。書き残しておくことの不自由さについても考える。薬のように甘い言葉を、お酒のように。途切れなければいい。誰も知らない私が増える。

信じたいものを信じればいいと思う。誰かは言う。信じたいものしか信じられないの?信じられないものを信じたい。諦めなくちゃいけないのはかなしい。私は知っている。知っていることとすべてが違うのはさみしい。疲れている。

すべての偶然が私を変えていく。なんでもなかったはずの瞬間を思い起こして、大事にしまいたくなってしまう。ベランダからの見慣れた夜は、懐かしい春の匂い。受話器の向こうで、すこし酔っている人は、それが人生だと言う。大人になったので、首肯できない説教くさい話にも、笑いながら頷いてみる。私はいくらでも聞く。それがきっと嬉しいだろうな。たとえば私は優しいのかもしれない。関係ない人の関係ない人生の話なら、いくらでも聞いている。だって余裕だ。私は選ばない。選ばない人に選ばれもしないから、余裕だ。

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何度でも書き記そう。六月は夏、だけど、夏はこれから。だけど、予感は実感を呼ぶには十分。かすかに濡れた草のにおい、半そでの季節、汗。混み合う車内から見える空は曇。暑苦しくふさがれている。雨なのかそうでないのか、ガラス越しでは判別できない。昔は嫌いと思っていたけど、いつのまにかほんとうに好きになってしまった。そのことを考えたり。

雨はつまらない景色にも質感を与える。からっと晴れた日のもとでは無味無臭で平坦な景色にもドラマを与える。レンズは光を透し、映す、いかにも単純な仕掛けなのだけれど、新しく匂い立つ街並みにいつも心地よい陶酔を覚える。バニラの香りを嗅ぐような、頭痛がしそうな陶酔ではなくて、程よく抜けた炭酸水を一気飲みしてしまうような、清かなそれ。

 

会いたい人はもういない。会いたい人にはもう会った。見知らぬ誰かのことを考えたりしない。行きたいところは行けるところになって、行きたいときに行く。約束はあまりしない。夢もあまりない。欲望に飲まれそうになったりしないかわりに、ひそかで小さな欲望の芽が、育つのを待っている。ぜったいに叶える、というつよい言葉を選ばなくても平気になった。私は魔法にかかったりしないで、油断したので大人になったのでした。

どんな日々をおくっていると、誰に教えたいだろう。眩しい熱は眠りに。手紙でも書けば、また違うだろうか。どうせ読み返さない、引き出しの奥に、答えはあるでしょうか。

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いろんな人がいるけどいろんな人はそんなにいない。私をとりまく誰か、かけがえのないあなた、本当にそうだろうか。これは確かにつまらない問いだ。だって答えはないし、あったところで別に興味深くもないから。私を見るあなた、私と言葉を交わすあなた、私に触るあなた、私を叱るあなた。距離の近さが愛になるのは、あまりにも単純だ。それが悪いことではないんだけど。

働くということは、考え続けることなのか、果たして、考え続けないでいられるための免罪符なのか。どっちでも好きなほうでいい。凡庸で怠惰な人間は決してそれを磨いて武器にしようなんて思わないから。たまたま歩き出したら、それが最初で最後。繰り返し、繰り返し、たまに傷をつけて、たまに味をつけてみる。

そこにいけばいる人たち、会える人たち、いつのまにか過ぎ去ったことが当たり前になって、懐かしむこともきっとしない。ついに開かない思い出のアルバム。今は少し胸を焦がしてさみしいのも嘘じゃないけど。なかったことにしていこうと思う。

 

いろんな人はかけがえのないあなた。誰もが同じ魔法にかからないこの世界で、時代で、なんとなく同じ景色を見て少し語り合ったから好きになった。あるいは、嫌いになった。

約束はしない。振り返りもしない。身を投げ出すほどの希望も欲望もない。

一度でも抱き合ったり見つめあったりした人の名前を、顔を、声を、思い出さなくなるまでに、どれだけの新しいあなたと出会うんだろう。

 

 

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好きな季節はと聞かれたら冬と答える。どの季節のことも同様に好きだけど。

冬はなんとなく柔らかくて透明だ。柔らかさ、というのは、透き通っているというよりはむしろ濁りに通じる気がするのに、不思議だと思う。

 

きのう、クラスメイトだった人たちと集まった。

ひさびさに会った友達たちは知らない人みたいだった。お酒を飲むと楽しくなるから私はまあまあ良く喋り、みんなに「元気そうで安心した」などと言われた。制服を着て学校に通っていた頃の私は、恥ずかしいくらいに鬱屈している女の子だったと思う。少し大人になった今は、自分に必要なものとそうではないもののことが分かり始めている。

幸せについての話。みんな当たり前に誰かと恋をして約束をして子供を持つというストーリーに乗っていて、すごいな、こわくないのかな、と思った。疑いようもない正解なのかな、偶然に拾い上げた鍵なのかな。どちらでも、穏やかな日々でありますように。自分の話はうまくできなくて、いつも決めることから逃げているのは昔と変わらない。当たり障りなく通り過ぎていく毎日に、磨き上げたいと思うほどの愛着はないけど、そんなに遠いところにはまだ行きたくないなとは思っている。

愛についての話。私の愛は私に。

 

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遊びにも勉強にも熱心になれないところは自分の悪いところだと思う。でも何よりも悪いのはそうやって断言してしまうことで遊びからも勉強からも自分自身を遠ざけていること。友達がほしい(別にほしくないけどいたほうがよさそう)と言って友達ができないのと同じ。くだらないと思っているわけではないし憧れるし欲しいのになぜか認められないのはかわいそうな気もする。草臥れるほど熱心に楽しくなれるかどうか、その可能性を頭で吟味してしまうからなかったことになる。 自分の内面についてメタ的にとらえることが良い働きになったことはあまりない。実質的に良い、という意味で。私はしばしば心の底から、ということに執着したい気分になるのだけれど、もしかしてそれが邪魔になっているのか。とにかく無心になれないことを意識したらいよいよ無心にはなれない。 心がじんわりと温まるような安心感や、人を好きだと思うことによる幸福というのを、最近は味わっていないように思える。さみしい、と言いたいところだけど、ほんとうのところ、つまらない、という表現のほうがより適切な気がする。いつも濡れていたいのに、乾いている、風がふいたら吹き飛んでしまいそうなことを不安にすら思わない、いつも濡れていたいのに、というのはすでに学習された呪文で、私は当然そうあるべきだという知識に基づいて、祈っている。願っている。 物足りなくあるべきだと信じることと、物足りないという事態そのものの違いは、途方もない。
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少し前だったらぜったいに食べたいと思わなかったものを食べたいと思って食べたりしている。好みが変わったのではなくて、広がったのだと思う、それはとても喜ばしいことだなあと思う。いろんなお店のいろんな看板を、たたずまいを横目にうるさい道を歩いて、歩いて、最後に住宅街につく。

暮らしについて考える。
お金がないと思う。ずっと怠惰で、最小限の力で最大限の恩恵を受けられるように頭を動かしたりすることすらできないほど怠惰なので、どうしようもない。考えないということは、怠惰ですらいられないことなのだと、学校の先生とかがもっと早く教えてくれればよかったのに。
食べることは生きることらしい。野菜を、肉を、酒を、水を、噛みしめたり飲み込んだりしながら、それは必要なことだからと、できるだけ幸福に近い味を楽しみながら、これは必要なことだからと思えるのは、とてもラッキーなことな気がする。
こじんまりとした店に行った。半地下の窓から信号が見えるソファーの席。ひんやりとしたガラスケースの中に、惣菜や、デザートの皿が並んでいる。きれいとは言い難いけれど、誰かが好きなものだけを選んだんだろうなっていうインテリアで、それは心地よさそのもの。
将来のことを思い浮かべると、うんざりする。好きな人と愛し合って一緒に暮らして、おいしいものだけを食べて、満足しながら皿を洗って、すっきりとした気持ちで眠り、朝起きたら植物に水をやって、洗濯をする。退屈でもいい、私の毎日は。だけどそんな簡単そうなことは手に入るのかどうかよくわからない。

若いままでいられるなら悩まないことが今の悩みのすべてで、でも、年をとってからのほうが楽しいよと言ういろんな人の言葉を私は信じている。
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