cry no color

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知っている花の名前はとても少ない。さるすべり、のうぜんかずら、おしろいばな。思い出して口にすると、今まですっかり忘れてしまっていたことをあやまりたくなってしまう。 なんてんの実が木々のかさなりあう上の方にかたまって生っているのをみつけて、騒ぐ。
知らないまちで知らない道を歩きながら、懐かしい音色の音楽が近づいたり遠ざかったりするのを楽しんで、帰りつくところがここであればとかすかに願った。坂道をくだり、ひとびとの生活のにおいを嗅ぐ。おいしそうだね。よく乾いたシャツが風にたなびくと、私のあたまのかたすみに昨日みた曇り時々雨の予報がちらついて、おかしかった。

外ればかりの毎日なのに、スパイシーな現実がふいにやってきて、心も体も癒してしまいます、それはやはりとっても疲れること。

 
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いつものことだけど夜が終わるのがはやい。夜が短くてがっかりする。つまらないよ。あっという間に朝になったらいやでもお別れしなきゃいけない。誰かと夜に起きて過ごすことはとても贅沢で楽しいのに。誰かと夜に寝て過ごすことよりも楽しい。だけどいつものことだけど私はずっと永遠のような時間を見ていたいのにそんなものは泡みたいにパチンとはじけてすぐ朝だ。
今日も。


恋人も後輩も優しいけど私がほしいのはそういうものではない。私は私がほしい。私が私をあげるって言ってるのに、どこを、何を見ているんだろう。優しくしてほしいけど私がほしいのはそういうものだけではない。誰も知らない秘密もいらない。ただ飾りではなく私に触ればいいのにってそう思っているだけ。いつものことだけど。


つまらない。つまらない。毎日つまらない。世界はつまらない。もともと私が知っていることはそういうことだったけど、私が知りたいことはもっと別のなにかだと思っていた。友達は美しくて恋人は甘くて後輩は従順で先生はりっぱだと信じていたのに違うんだね。これを裏切りと言うのはさすがに恥ずかしいからやめとくけど、がっかりする。つまらないよ。あっという間に時間がきたらいやでもお別れしなきゃいけないのに、どうして誰も淋しがったりしないんだろう。それが大人だから?抗うのは恥ずかしいことだから?本心を告げれば私が愛想をつかして消えてしまうとでも思ってるんだろうか?いつでも優しくしてあげる。優しくしてあげられるのに。あなたが優しくしてほしいと思っているうちは永遠のような時間を見ているのに。


出かける準備をしはじめると途端にすべてがほつれだすような気がする。なにもかも完璧に頭が働いていると勘違いしてしまうのはどうしてなんだろう。私は私がほしいもののことを一番よく知っているはずなのに。

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高校の時の修学旅行の写真。阪急梅田。なつかしい。


自分について考えろと言われる。友達に、先生に、嘘、参考書に、新聞の片隅に、キャリアセンターに。自分なんてものはないと言ってしまいたいんだけど、そうもいかないので困っている。考えるのは好き、たぶん、好きだと思う、だっていつも頼まれてもいないのに私は考えているから。私は私に興味があるしほかの誰よりも興味があるし必然的に私を形容する言葉を、形容しうる言葉を常に探しては首を傾げたり満足に思って舌を出したりするけれどそれは私の個人的な経験であって誰かのための何かのための行為では決してない。決して。たぶん。おそらく。そうであってほしいと思っていたのに。
強くなれと言われているみたい。役に立てと言われているみたい。能力の有無ではなく恋心を証明しろと言われているみたい。あなたが私のことを好きかなんていうことが全面的に私の未来に関係しているなんてめまいがするよ。だって私だってあなたのことは好きじゃない。だって知らない、なにも知らないのに、そんな難しいことできるかなあ。不安だ。好きになりたい。

時間が尽きていく。
水が渇き、花が枯れ、爪がのびてゆくように。誰かの背だってもうのびやしないとわかっているのに。


自分自身についての問いは世界への問いとは似ても似つかない醜悪さを持っている。私のエゴが意味を求めて、身体はそれに応じて震える。その、その繰り返し。獲得したり愛したりすることがすべてと感じているときの私を、私はうまく肯定できない。一瞬の価値を私が決めていいなんて、そんなことがあっていいんだろうか。あたえられた幸福の重みに頭が真っ白になりそうになる。神などいない。すべては初めから私のものだ。そんな感慨で胸をはやらせているなんて。


やりたいことが少しでもできていて、楽しく、充実していると思います。これからもう課題はつみあがっていて、その道筋は、私にでもわかるように決まっていて、これは安心するべきと言ってもいい事態かもしれない。それならばすこしずつ向かっていこうと決めてしまった。愚かと誰かは言うかもしれない。それでもいいと未来の私は、言ってくれるだろうか。


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トマト。右の棒はにじます刺してた串。


夏が終わりそうなので記録くらいしとくか、と思います。
この夏もぐうぐうたらたらしている日と、出かけて遊んでいる日と両極端なのは相変わらずでした。

・母の実家
長野にある母の実家に、お盆のすこし前くらいに行った。おととしの夏を最後に行っていなかったけど、とてもいいところ。風の吹く、水の流れる、その自然の音のすみずみと、人々の所作が心地よくひびきあっている感じ、田舎っていうのはたまに訪れたいなあ。母と高原のほうの沼まで散歩しにいった以外は、おうちのそばでのんびりとしていた。じゃがいもを彫りにいったり、トマトやなすをとったり、庭になっているブルーベリーをつまんだりして、やけに爽やかな気分でした。お盆なので、じゃがいもの畑のちかくに、飼っていた犬の墓をみにいった。
あとは庭でバーベキューをした。肉をがつがつ食べるバーベキューではなく、野菜メインの。にじますはスーパーで買ったやつだけど、はらわたを抜いて串に刺すのが楽しかったな。のんびりと、ビールやワイン片手に、私と母と祖母でやっていた。あとからいとこや叔父もきたけど。
帰る日の夕方、お墓まで行ってから、駅までおくってもらった。新幹線もひとりで乗れるようになって、当たり前だけどね。ところで遠い遠いと思っていた駅までも自転車を借りて一人で行ってみたりして、なんともいえない感じだった。

・青森
サークルの合宿で青森に2泊、そのあとは恋人とふたりで仙台に2泊。この夏で一番たのしかったかもしれない。
東北は行ったことがなかったけど、また行きたい。青森は、津軽鉄道にのったり、旧下北交通の駅までいったり、弘南鉄道にのったり、これといって観光らしいことはしてないけど、なんとなくその空気が好きだったなあ。ホテルまでの道、りんごの木が植えられていた。人の少ないアーケード街、これぞ地方だなという景色で。
 1泊目はみんなで小さなお店を貸し切っての飲み会だったけど、2泊目は自由だった。相室の同期の女の子とふたりで寿司を食べた。駅前のお店をぱーっとみてお互い優柔不断だったのだけど、最終的には私が決めたお店。10席もないカウンターだけのお店で、愛想がいいんだか悪いんだかわからないおじさんのぼそっとした声にすこしびびった。よくわからないラジオまでかかっている。とりあえずオーダーをすませたけど飲み物すら中々こなくて、その子と顔を見合わせて苦笑いてしまった。たしかに「ちょっと待っててね」とさいしょに言われたんだけど。それでもビールと、ほたての刺身がくると、とてもとてもおいしかったので今度は別の意味で顔を見合わせてにっこり。「待て」の効果だったかもしれないけど、それにしてもおいしかった。その後は握りを9貫、海老の入った味噌汁、さいごに玉子焼きを一切れいただいて、おなかいっぱいです。
途中でわかったことだけど、最初にやたら遅かったのは、予約のお客さん用のおつくりを用意していたからみたいでした。あとから入ってきて、常連さんとそのお連れの方々らしかった。さいごに頂いた玉子焼きもその方たちの注文したぶんの余りをくれたんでした。
あと店主にも最初はびびったけどふつうにいい人で、お話しして楽しかった。あんまり行かないので、そういう店は。

 そういえば行きは、大宮から新青森までははやぶさ1号で行った。恋人が見送りにきてくれたけど、数分だけ電車が遅れていて、とても心細かったような気がする。私は私で心配性なので時間よりもずいぶんはやくに着いてしまっていたから、なおさら。朝早くにごくろうさまです。顔をみてほっとする感じ。つらいような、しあわせなような。


・仙台
合宿は弘前で解散。新青森までもどって、そこから新幹線に乗った。新幹線は快適。仙台まではあっという間な気がした。恋人と駅前で待ち合わせて、ホテルまで行って、だらだらして、夕食はラーメン。疲れていてすぐ寝た気がする。いつも旅行に行くと恋人が疲れていて、着替えなかったり、朝はなかなか起きなかったりして、日常の逆転だなとか思ってしまう。ちなみに翌日もラーメンだった。違うラーメン屋だけど。もっというと朝ご飯は2日ともサブウェイだった。ホテルから駅までの道にあったので。恋人はオリーブを増やすらしい。なるほど。など。サブウェイなら大学にもあるけど一度もふたりで行ったことないや。ちなみに夕食を豪華にする予定が昼食を豪華にしてしまった。2日とも。
1泊目のラーメン屋はホテルの近くだったんだけど、2泊目は駅の方のアーケード街のラーメン屋。食べた後にゲームセンターでホッケーやったりして遊んで楽しかった。いつもこんなことしないから。負けた。
コンビニでお酒とおつまみ買って部屋でミヤテレ見ながらだらだらして、すぐ寝た。すぐ。寝て、朝まで起きなくて、でもまあいっかというくらい、なんだか若くはないなあと。昨年までの旅行を思い出してなんともいえない気持ちになった。

 観光の話。松島海岸へ行った。牡蠣やつぶ貝を食べたけど、恋人は貝類が苦手なので一人で盛り上がったり。瑞巌寺で説明書きを交互に読み上げてきゃっきゃとしたり。帰る日は仙台城跡に行った。ずんだシェイクは甘すぎる。バスの運転手さんが街を紹介してくれるアナウンスがとても楽しくて聞き入ったり。歴史の中を走っているような感慨でとても気持ち良かった。
 帰りはお土産を買いこんで荷物をふやして、やまびこで帰った。ずんだ餅を食べながら仙台の街を見下ろして、話していたんだか、寝ていたんだか、忘れたけど、すぐ着いた。大宮で夕食はイタリアンだったけど微妙な店だった。


・野沢温泉
写真部の合宿で野沢温泉。
書くの疲れちゃったから簡単に。
好きだった人と色々な話をした。ほかの友達も含めてだけど。私は彼のことを知りたいと思っても何も聞いちゃいけない気がして、なんとなく距離を勝手に感じているけど、それはとてもさみしくて残念なことなのかもなーと思った。私の家族の話や、恋愛観の話や、興味ないのかもしれないけど、聞いてくれて、うれしかった。もっと仲良くなりたいなあとほんとうに思う。もうどうしようもないかな。別に気まずいとかそんなんじゃなくて、サークルも部活も一緒だし、向こうもそれなりにそういう意味で頼ったりしてくれるけど、仲良いかって言われるとそうじゃないから、残念だ。
もっと色々な話をしてみようかな。思っているような人ではないかな。知り合って今更どうこうってこともないけど、もう話し込むような機会もないのかもしれなくて、それはさみしい。

 結婚するとかいう先輩と話したり、友達と恋愛の話をしたり、もう片方のサークルではできない話をたくさんした気がする。好きだった人もこっちではなんだか違うみたいだ。もうこんなふうにみんなとどこかに行ったりはしないのかもしれない。何もないのかもしれない。敷布団の上に各々好きな格好でお酒がなくなってもだらしなく話し込むことなんてないのかもしれない。先輩も友達も好きだった人もみんな将来のこととかを考えているんだろう。この先なにがあったって今より素晴らしいなんて思えるだろうか。そういうことじゃないけど。楽しい時間になにを考えていたんだろう。誰かに感謝なんて告げたら馬鹿みたいに思えるんだろうか。当たり前みたいなことがいつか終わると急に思い出したら、どうすればいいかよくわかんないや。



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携帯で撮った花火。もちろんコラージュ。


昨日(正確にはおととい)花火大会へ行った。部活の集まりで。私は朝から暇だったのでまだ日の暮れる気配のないうちから、場所取りをしていた。花火をみるように解放されている場所なんだけど、ただの野原という感じの。良い天気でとても暑かったのでビニールシートも靴も頭も焼けるようだった。それでも日傘をさして本を読んだり、飽きたら花を摘んで冠や指輪をつくったり、草をけちらしては虫が飛び跳ねるのをみて喜んだり。久しぶりに子供の頃の夏を思い出した。財布すら持たず身一つで、どうしてあんなに遊んでいられたんだろう。今はもう汚してもいい服を持っていなくて、土や植物のつぶれた汁なんかに手肌がふれるだけですこし落ち着かなくなってしまう。
光あふれる昼間から夕暮れ、黄色っぽい西日もいつのまにか半熟卵みたいにとろけて、夜。夏の夜の匂いには何かがはじまりそうな予感を覚える。
いつの間にか人があふれて、ビニールシートには惣菜の並ぶまるい皿や、ポテトチップスが並ぶ。ビールの缶もずっと増えて、にぎやか。花火のはじまる数十秒前からカウントダウンがはじまった。一発目の花火がぱっと開くと、にわかにざわめいて拍手がおこった。 花火は音がとてもいい。今度はしっかり写真も撮りたいなーなんて思いながら一生懸命携帯電話のカメラで撮る。ろくなのが残らないとは知っているけれど、なぜか撮ってしまいたくなるあれはなんだろう。

皆と別れた帰りには、恋人に迎えに来てもらって家まで送ってもらった。今度は一緒に行きたいなとかそういう話もしながら。八月の半ば過ぎには一緒に仙台に行く予定があるけど、もしかしたらそれ以外はあまりでかけたりはできないかもしれない。近くでもいいからのんびりしたいな。ちなみに「私と一緒にどこへ行きたい?」と聞いたら「温泉」と言われた。それはいいね。私は楽しいことやすてきなことがあったら、恋人がいればいいのになとすぐに思ってしまうから、即答できない。



そのような調子で、もう夏休み。
試験はあまりなかった。レポートも一本。本をたくさん読もうと思っている。今のところ二冊しか読んでいない。花火大会の場所取りに行く前に学校に行ったら、オープンキャンパスだったせいで図書館がしまっていて悲しかった。たぶん明日借りに行く。
「夜と霧」のなかに、思わず息をのむような文章があった。そういう経験は、読書はなかなか習慣にならない私にとって、読書をしないことはとてももったいないことなのではなかろうかという気にさせる。忘れないうちにたくさんにしておきたいな。

今日はそんな感じで。おやすみなさい。

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京都の駅前



丁寧な言葉での対話を忘れかけている。注意深く一つ一つを重ねずとも、狙いを定めてそこを見つめて放らずとも、なんだか伝わっているような気がする。いや、それどころでなくて、もう伝わっている。そういう確信がある。歩み寄るまでの時間や目の合うタイミングや指先の熱や声の振動で、了解されてしまう。それは決して悲しくはないのかもしれない。でも。


今日のことを書く。

ちょうどお昼くらいに起きて、テレビをつけて、ぼうっとして、当然お腹が減っていたので、手軽なスパゲティーをつくる。にんにくとたまねぎとベーコンと鷹の爪を炒めて、パスタとからめて、レタスはあとから入れてさっと炒める。塩こしょう。辛いのがすごく得意ではないのでいつも遠慮がちに入れてしまう鷹の爪を、今日はけっこうたくさん使った。これは正解。おいしい。とりあえず満足。
もうすぐ終わるフィルムがあったので外に出ようと思う。ついでにもうすぐ写真展のために写真を焼かなくてはいけないから、家におきっぱなしだった印画紙を暗室のある学校に持っていくことにする。でかける支度はのろい、テレビを見ながらだったからというのもある。なんとなくしっかり化粧をする。そのほうが行動範囲が広くなることを一応知っているつもりで。
結局家を出るまではずいぶんゆっくりしてしまった。駅までの道と、駅で写真を撮り終えて、かばんにフィルムをしまう。新しいフィルムを今日は買うことにした。恋人が時間がすこしあるというので池袋でお茶をした。

印画紙とフィルムを買った。印画紙は高い。しかも欲しいものが店頭においていなかった。いつかモノクロのフィルムも印画紙も手に入らなくなったりするんだろうか。デジタルが楽で好きだったし、フィルムもカラーのほうをメインにしていたつもりの写真趣味だけど、最近はモノクロが楽しくなってきたところなので、少々気になる。そうなんだーと流していたあの印画紙の生産終了のニュースも、今になって胸を痛める。さて。
学校に行って写真部の部室に行く。ネガを眺めてどれをどうしようなどと考えるけど、結局やってみないといまいちイメージしきれない。暗室がちょうど空いたところだったので迷わず入ることにする。
花のネガを一枚。秒数を変えてフィルターを変えて絞りを変えて、なんかうまくいかないけどもうすこし、もしかして、そうそう、こういう感じ。あっというまに時間が終わる。もうすぐ作品なんて作れるんだろうかという気になる。ある程度それっぽいものならば、できるんだろうけど。なんて。暗室ではずっと音楽をかけている。歌いながら、聞きながら、ゆっくり贅沢な時間は、急ぎ足で尽きる。もう外は真っ暗なんだろう(暗室は真っ暗)、というか夜だ、わりと夜だ。まだまだやりたい気持ちのまま片付ける。大学の守衛が見回りにくるまで居たのは久しぶり。

外の空気は冷たいようだった。すくなくとも暑くはなくて、歩いていると気持ちがいい。写真をやったあとだからか、景色は光と影のように見えて、ハイライトと、シャドウが、目の奥にすーっと入ってくる。当たり前だ。むしろ色のないような世界。でも大学の門を出るとタクシーや信号ですこし鮮やか。駅までにすれ違う口数の多い人々。夜のにおい。
駅で先輩にばったり会う。時間がないので少し話してさようなら。駅構内のコンビニやマッサージ店もしまっている。やけに明るい蛍光灯と床の反射。階段を下りて電車に乗ってまた恋人に会いに行った。途中まで送ってくれた。二人の最寄駅の中間くらい。マックに行った。そのあと、別々に帰った。別々に帰る、というのは当たり前のことであえて書く必要がないのだけど、それまで一緒にいたのに別々に帰るということを思うときに、別々と書かずにはいられない。ひとりで電車を待って、電車に乗った。なんてことなく家まで帰った。夜のにおい。


時間が足りない、という気がしてきた。何も考えずに楽しいことをしてきてそれでいいつもりだったけど、どうせなら死ぬほど色々なことを考えて楽しいことをするほうがいいじゃないか。それには時間が足りない。もしも時間があったら、と思うけど、それでもきっと足りない。お金も大事で、恋も大事で、勉強も、趣味も大事で、それで、なにがしたいの?って聞かれる。
言葉にもしてみようかな。これは、文字に、と言い換えられる。つまりは記録をしようかな。記憶なんてできなくて、今何に向かっているかを、ついに忘れるのは明日かもしれないって気づこう。

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信濃町美術館、東山魁夷館にて。
最近水平がちょう下手っていうことに気付いている。


最近の記録を少し。

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電気を消す。目閉じる。耳は閉じられないのでむしろうるさくする。そしてどこかへ向かったり何かを遊んだりする。空気を吸った。なんか違う気がする、間に合わない気がする。


新しいことなんてもうないような。そんな小さな決まりごとをずっと続けてこのまま老人になるのではないかと。そんな具合にどうしようもなく思考停止することを受け入れていく。どこかへ向かったり何かを遊んだりしたい。
なにかすてきなものを迎え入れたいのに体の不調がそれをかたくなに拒否する。今日だって傘の代わりに身軽にでかけて濡れない靴で。

疲れているのではなくまひしているのだと思う。毎日に積み重なるつまらない話の数々を他人の耳に流し込んで消えていく泡になんて気がつかない。もっとおもしろいことのように私は誰かのそばにいて笑っている。


楽しいことも楽しくないことも何通りかあるうちの一つを私が選んだ結果で、展開しない萎びた気持ちをクルクルともてあそんでいればよかった頃とは程遠い。

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そんなわけで名古屋のほうへ行ってきました。とはいえ、どこへ行ったということもそんなにないな。いわゆる観光地というと、名古屋城と、犬山城くらい。あとは電車に乗っていたような。
リニモに乗ったけど、駅ひとつひとつにそれぞれマークがあって、かわいかった。時間があれば美術館とか公園とかうろうろしたかった。あとは城北線に乗ったのも楽しかったな。高速道路に沿ってあんなに高いところを走る気動車。景色がよくてまったり乗っていてなんだかいい感じでした。

写真は空き時間に栄でなんとなく立ち寄った国際デザインセンターというところ。

名古屋周辺で2泊した後は京都へ行って銀閣と細見美術館を見て高速バスで帰った。
京都であまりゆっくりできず残念。朝けっこう寝てしまいホテルを出るのが遅くなったのもあるけど、名古屋から京都へ来る間に財布を落としてしまい色々なところへ問い合わせたりなんなりしていたことが時間ロスの大きな要因です。ちなみに財布みつかってないです。うう。目につくところに持っていたので盗難という可能性もあるかしら、それなら中身抜いてとっとと外身を警察に届けていただきたいな。現金はどうでもいいけど保険証やら各種カード類がなくなるのはいろいろと面倒ですね。財布自体もそろそろ買い換えようかなと思っていたものの、突然のおわかれとなるとさみしいです。

京都は昼過ぎからずっとちらちらと雪が降っていた。夜になると、もっとたくさん降ってきて、けっこうきれいだった。さらっとした舞うような雪。駅前でタクシーとバスが行き交うのをみながら、少々凍えながら、お茶を飲んでいた。高速バスで帰る前はまだまだ旅は終わらない気がするけど、東京へ着いてしまうといっしゅんで日常が見えてきて、ぽっかりと穴が開いた気分。さみしかったり、さみしくなかったり、いろいろです。

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あけましておめでとうございます。諸々の更新が滞っていて申し訳ないですが一応元気に生きています。本年もどうぞよろしくおねがいします。


大晦日から元旦までの日記を書きます。

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